October 20, 2006

10月22日は時代祭り 準備作業目撃!

午後の散歩の途中、元明倫小学校:現在の「京都芸術センター」に
【時代祭り】と書いた案内板が置いてありました。

あさってのお祭りの関連資料の展覧かなと、表示矢印に沿ってふらふら入っていくと
なんと平安講社のメンバーが行列の衣装の準備作業の真っ最中!

事務局の人に『関係者ですか?』と聞かれているところに
知り合いの黒紋付屋さん(正真正銘の関係者)とばったり会って事なきを得(ーー;)
(関係者のみ入れる場所やったんやぁ)少しの間見学・・・

一人きちんと衣装を着けた人が椅子に座っています。
どうもその人が見本になって、その人の身につけただけの衣装が揃っているかを目標にして
大きな箱からいろんな着物や小物を出し、広い体育館の床に等間隔で人数分並べています。

ある所では、わらじの紐を編んだり、各部品を結びつけたり、点検したり、
細かい準備におおわらわ。

時代祭りは、
平安遷都から1100年目にあたる明治28年に始まった京都三大祭のひとつ。
明治維新から時代を遡って行く各時代の著名な人物の行列で京都の歴史を実見できます。
oharame2.jpg
(烏丸二条を通る、大原女の行列)
それぞれの人物は、時代考証のが正しくされている衣装を着けているので、
歴史的な流れを追っていくと同時に
衣装から時代を垣間見たり、着物の変遷、歴史的な変化を目の当たりにできる興味深いお祭りです。

この行列は「平安講社」という市民中心の組織が運営しています。
各小学校区が単位となって準備・行列の登場人物になるなど
大変なエネルギーで続けられてきました。
5月ごろ町内会から「平安講社」に今年もご寄付お願いしますと言う回覧板が廻ってきます。
わが町内会は、1組から6組までに分かれていますが
組(10軒)で毎年2,000円ほど寄付しています。

このお金で、お祭りの運営、衣装の修理・新調が出来ています。

22日は、時代祭行列(約2,000人、2kmの行列)が正午に御所・建礼門前を出発し、
御所 堺町御門から市中へ出て、
烏丸御地(12:52) ⇒ 市役所前(13:20) ⇒ 三条京阪前を経て ⇒ 平安神宮(14:30から15:00)に到着の予定 

sirakawa.jpg
(同じく白川女の行列の前・“きものさんぽみち”のお仲間)
sirakawa2.jpg
京都らしい、のんどりとゆっくりの行列を急かず騒がずお付き合いいただいていると
歴史を遡りる時間旅行の気分を味わえるのではないでしょうか・・・

投稿者 blogkyoto : 04:04 PM | コメント | トラックバック

October 06, 2006

お座敷も衣替え

10月になりました。

夏の間ひんやり涼しい空間を作っていた夏座敷仕様を
半日掛かりで冬に戻しました。

建具など、みな二階に片付けてあるので、狭い急な階段を上り下り。
手順を間違えると大混乱。

マ、長年のことで慣れてはいますが、年々「しんどさ」が
「慣れ」を上回っているような気もしてきました。

若いもんに「てったい」を頼みなんとか終了。
=てったいとは撤退ではありません、手伝いを縮めた言い方
   昔は家事手伝いの女性を「おてったいさん」等と呼んだ時代もありました=

秋仕様のお座敷は、しっとり落ち着いて納まりの良いお部屋です。

着物のお稽古も、袷せ・羽織の秋の衣装が多くなりました。
お稽古のあとそのままお出かけを楽しまれる方も多く
玄関がはんなり・・・   『いってらっしゃい』

投稿者 blogkyoto : 12:44 AM | コメント | トラックバック

September 27, 2006

京都きものパスポート2006

今年も京都の町を上げてきものを応援しようと
「きものの似合うまち・京都」実行委員会から
「京都きものパスポート2006」が発行されました(期間:2006.10.1~12.25)
passport.JPG
きもので京都の町を散策し、何より素適な休日にお誘いする耳よりの情報満載です

京都のあちこちに置かれています・・・
叉“きものさんぽみち”に来られた方にも差し上げています。

ご郵送ご希望の方は
〒・住所・電話番号・名前・メールアドレス を、必ずご記入の上
返信切手120円同封でお申込み下さい

お申込み先
 〒604-0061   京都市中京区小川通二条上る槌屋町607きものさんぽみち

目次
  きものパスポートイヴェント
  入場無料特典情報
  京都のお寺・神社・美術館博物館案内
  地区ごとのマップ
     他、魅力一杯の内容・・・・

注:数量限定です、無くなり次第取り扱い終了します

投稿者 blogkyoto : 05:45 PM | コメント | トラックバック

September 26, 2006

櫛祭り

毎年「く・し」=9月第4月曜日は古来女性の髪を飾ってきた櫛を供養するお祭りがおこなわれます。
kusi44.JPG
東山・安井金毘羅宮では各時代風俗の髪型に結い、
その時代を忠実に再現した衣装で装った女性が参列して
古櫛や折れ櫛の供養神事がおこなわれた後、風俗行列が祇園界隈を廻ります。
IMG_20060925_2425_16_1_16_1.JPG櫛供養塚
百鬼夜行絵図に見られるように
古びた道具を捨てる時、丁寧に供養して塚などに納めお化けにならんように
鎮まっていただくという日本の祀りの形は奥床しい。

時代風俗研究の観方コレクションで有名な吉川観方と、南ちゑさん(故人)を中心に
昔のきものの正しい着付け、結髪の研究グループの櫛供養が発端。
神代から大正時代まで忠実に再現された衣装が目の前に見られます。

教科書で読み過ごす歴史上の登場人物と言うのではなく
血が通い、笑い泣いた人々として親近感を持ってしまいました。

それにしても、つやつやの黒髪が技巧を凝らして結い上げらて、
「ほんまに美しいー」とため息が出ます。
kusi27.JPG供養される櫛々・・・
様々な髪型はその時代のその女性の社会的な位置付けまで表しています。
娘さんの髪が、高島田のお嫁さんになり
新妻さんの髪になり、熟練のおかみさまになり・・・
また舞妓さんの割れしのぶが衿替した芸妓さんの髪形になってというのが
実際に見られる良い機会。
“きものさんぽみち”のメンバーともども見物に出かけました
IMG_20060925_2396_4_1_5_1.JPG  IMG_20060925_2410_9_1_10_1.JPG
IMG_20060925_2399_8_1_6_1.JPG  IMG_20060925_2401_7_1_7_1.JPG
揚げ巻き      耳かくし いずれも大正時代  今見てもモダン! 
IMG_20060925_2414_13_1_13_1.JPG  IMG_20060925_2411_10_1_11_1.JPG
桂女:白い布で頭を包んでいます。 桂川であゆを獲り頭に載せて今日の町を商って歩いた
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奈良時代 衣装は文様を加飾する原点、絞り染めが見られます
額と目元口元に朱の菱形のお化粧がかわいらしい
右の写真:レニングラードカウボーイご存知ですか?
位置は違いますが、このとんがり具合ええ勝負してます!
IMG_20060925_2413_14_1_12_1.JPG  IMG_20060925_2407_5_1_9_1.JPG 
これまた、カブトガニ! スターウォーズのアミダラ女王や他の人のヘヤースタイルの
ヒントになったのではと思えるほどユニーク

日本のアクセサリーは髪を飾る物と帯飾り(帯留など)が多数派
美の極致のような櫛・かんざし・笄(こうがい)の見事さは言いようがないほど。
kusi24.JPG  IMG_20060925_2415_12_1_14_1.JPG

おみくじ山_1_1.jpgここ、金毘羅さんは悪縁切りの霊験ありと有名。
境内には、縁切り祈願のおみくじを貼り付けた、このような石のトンネルが有ります。
ここをくぐると願がかなうらしい・・・
貼り付けられたものを見ると、
『私〇〇子と◆◆男の縁が切れますように』等と生々しい言葉が書き連ねてありました。
私達の衣装も、祖母のお下がり・母のお下がりです。
祖母の若い時、大正昭和初期の絽の染帯は「まっピンク」ともいえる
鮮やかなローズピンク、渋めのつむぎにこの鮮やかな色で
ぐんと若い衣装になって効果満点。
kusi83.JPG
9月末とは思えないお天気と風俗衣装の艶やかさに興奮気味の半日
“祇園小石”のかき氷で口・喉も満足満足
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投稿者 blogkyoto : 11:08 PM | コメント | トラックバック

September 15, 2006

初秋 初雁

「雁」が北から渡ってくると秋。
9月になると、和菓子にも「初雁」が登場します。
hatukari.JPG
わらび粉に黒糖が練りこんであり、ゆりねをほんのり甘く煮て
潰れんようにやさしくやさしく混ぜてあります。

甘みは極限まで抑えてあります。
他に何も加えずシンプルそのもの!
やわやわの優しいお味。これからの秋の気持ちの良い柔かくかぐわしい季節の空気を
形にしたら、こんなのかなと言うお菓子です

お気に入りの渋ーい紬のお単衣を着て
美味しいお煎茶かあっさり目のお抹茶で戴くと
何より心地よい空間にほっこりほぐれます。

堺町丸太町下がる
松屋常盤さんの「初雁」

松屋常盤さんは、「味噌松風」が有名。
味噌松風.JPG
こちらも私の小さいときから変わらないお味。
白味噌の香ばしい焼き目にケシの実が散らしてあります
値段もお安くてお使いもんにすると上げるほうも
貰う方も気兼ね無しの一品。

投稿者 blogkyoto : 11:23 PM | コメント | トラックバック

September 11, 2006

月下美人図

お座敷の床の間には。その月にちなんだ掛け軸をかけます。
9月は「長月」とも呼ばれ、お月さんが夜空に高く澄み
玲瓏な光が神秘的に輝きます。
tuki1.JPG

掛け物も『月下美人』に替えました。
tuki2.JPG
平安時代初期の衣服(中国風に上着スカートのツーピース)に
「ひれ」と呼ぶスカーフをつけています。
上着の袖は筒袖。
奈良時代、日本に国家制度が確立した当初は、中
国王朝に、文化・政治制度を始め服装も倣いこのような衣服を用いていました。
(平安時代中期、十二単衣が登場するまで続きます)

画面に月は描かず、女性が斜め上を見上げる構図で表しています
日本の美意識独特の表現。

2006年は中秋の名月(旧8月15日)が10月6日(満月は10/7)
後の月(旧9月13日)が11月3日となっています。
秋も深まり気持ちの良い夜空を見上げてお月見団子を頂けば
夏疲れが一気に解消するでしょう

投稿者 blogkyoto : 05:26 PM | コメント | トラックバック

August 31, 2006

京都 9月 着物で散策 お薦め行事

9月9(土)上賀茂神社 烏相撲と重陽神事
 8日:烏相撲の内取式 9日:午前10時より重陽神事。この後「烏相撲」・「氏子児童による相撲」
 9月9日は古来9という陽(陰陽の陽)の数字の重なる日であることから
 重陽節句として五節句の一つに数えられ、宮中を始め一般にも祝いの日とされ
 古くより厄災祓いの日として、色々な行事がおこなわれてきました。
 菊酒を飲んだり、菊に着せた綿で花についた露を集め(被綿)、肌を拭って長命を祈るなど・・
 
 烏相撲は上賀茂神社の祭神の祖父である賀茂建角身命が神武天皇東征の時、
 巨大な八咫烏(やたがらす)となって先導をつとめるという大きな功績をたてた事と、
 悪霊退治の信仰行事としての「相撲」等が結びついて行われるようになりました。
 当日、本殿で祭典があった後、境内・細殿前庭(ほそどのぜんてい)で弓矢をもった刀祢(とね)が
 烏の踊るのように三三九躍横跳びをしたのち『カーカーカーコーコーコ』と烏鳴きをするなど
 ユニークな所作を行います。その後、児童等による相撲が行われまた、その年の葵祭・斎王代が
 観覧します。


9/9(土)虚空蔵法輪寺  重陽の節会 謡「菊慈童」・舞の奉納
 菊の節句(菊花供養)菊慈童の像を祀り、長寿の祈願を行い、
 邪気を払うとされる茱萸袋(しゅゆふくろ)が授与されます。

10(土) 大田神社 里神楽 午後7時
 杜若で有名な大田神社。毎月10日は月次祭、里神楽(ちゃんぽん)が奉納されます。
 この神楽は今の神楽の 原型といわれ、老人男女二人ずつにより舞われる、里人により受け継がれてきた、
 古式ゆかしい宗教行事。

15(木)鞍馬寺 義経祭 法要11:00~
 源義経(幼名牛若丸)を偲ぶ法要
 鞍馬山中には義経が天狗僧正坊に剣術を習ったと言われる僧正ヶ谷や、道場であった木の根道、
 牛若丸背比べ石などゆかりの地があり所縁深いところからおこなわれる慰霊祭。愛山費200円

16(土)~18(月) 梨木神社 萩まつり
     16日:茂山社中狂言「萩大名」奉納  池坊家元献花・舞踊・俳句
 萩にちなんだ狂言。田舎の侍が萩で有名なお庭拝見の愉快な顛末。
 名水で名高い梨の木神社の井戸水で点てられたお抹茶の御茶席で、着物ならではの
 立ち居振る舞いを体感しにぜひお出かけを。梨の木さんのお水は美味しいですよ

17日(日)観世会館 岡崎 茂山狂言「かなもじ会」
 社中の日ごろのお稽古の成果を舞台で発表。
 プロではない素人ゆえの面白い演目続出。気軽に狂言をどうぞ
 観覧無料 10時~5時
 
19(火)平安神宮 神苑無料公開8:30から16:30
     池泉回遊式の名園。着物で散策に最適

20(火)~26(火)市内各寺院 秋の彼岸会
     暑さ寒さの限(きり)として言われる日、先祖供養もどうぞ。おはぎもおいしいし

25(月)安井金毘羅宮  櫛祭り 午後1時 櫛供養式典。
 古くなったり傷んでしまった櫛やかんざしに感謝をこめて供養する
 お祭り。境内北側にある櫛塚(久志塚)は、女性の命とも言われる髪の美しさを引き立てる櫛をお祀りしていて、 美願のご利益有。
 この塚の前で祭典が執り行われ、拝殿で舞踊「黒髪」が奉納されます。
 その後2時頃より各時代の髪型に髪を結い衣装をまとった、時代風俗行列が神社周辺を練り歩きます。
 この行列はカツラを使わず、全て地毛で結いあげてあり、日本髪の美しさと結髪の技術のすばらしさが
 見られます。

注:変更の場合がありますので、各主催者にご確認下さい。
毎月、何かしら着物でお出かけにぴったりの行事があります。ぜひ出かけられ、楽しんでください。

投稿者 blogkyoto : 10:59 AM | コメント | トラックバック

October 28, 2005

常照寺

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元和2年(1616)、日蓮宗中輿の祖といわれる日乾上人が、本阿弥光悦の土地寄進を受けて開いた鷹峰檀林(檀林=仏教の学問所)の旧跡。
往時は広大な境内に三十余棟の堂宇が並び、多くの学僧が学び、賑わっていました。学問寺である一方、天下の名妓として有名な吉野太夫ゆかりの寺としても有名。
吉野は遊女としての最上位にあたる太夫。教養が高く、美しい人であったことはいうに及ばず、和歌、連歌、俳句、書、茶湯、香道、囲碁などあらゆる諸芸に優れ、その 名声は遠く中国にまで喧伝されたということです。

投稿者 blogkyoto : 06:43 AM | コメント | トラックバック

源光庵 窓から眺める庭

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源光庵は、貞和2年(1346年)徹翁国師が開創し、後、高僧卍山道白禅師が曹洞宗のお寺。現在の本堂は元禄7年の創建。

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本尊横には丸窓と角窓があり、窓からは名園は心鎮まる眺めです。

mayoi3_IMG11.jpg
丸窓は悟りの窓。「禅と円通」と大宇宙を表し、 角窓は迷いの窓。人間の生涯を象徴し、「生老病死」「四苦八苦」を表しています

投稿者 blogkyoto : 06:38 AM | コメント | トラックバック

光悦寺

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光悦寺は本阿弥光悦の住まいであったところがお寺になっています。 三巴亭、了寂軒・本阿弥庵など七つの茶室が散在している庭園は、丘を利用し、高低差のある変化に飛んだ 緑の多いお庭は、散策が楽しめ 光悦の風雅な生活がしのばれます。

kouetugaki_IMG1.jpg
庭にも光悦の美意識は徹底されています。太虚庵前にめぐらされている垣根は、「光悦垣」と呼ばれ、ゆるやかに孤を描いて徐々に背が低くなり、牛の寝た姿に似ているところから臥牛(がぎゅう)垣ともいわれています。

【本阿弥 光悦】
桃山から江戸時代に生きた京都の上層町衆。 江戸初期随一の文化人。家業の刀剣の鑑定、研磨のほか絵画、陶芸、書道、作庭などあらゆる分野に優れていて独創的な才能を発揮しました。角倉素庵らと優美豪華な嵯峨本を作ったことでも知られています。
寛永の三筆に数えられた「書」のみならず陶芸や漆芸にも秀で、俵屋宗達と共に「琳派」の祖と言われます。
光悦、宗達によって生まれたこの工芸美術の流れは、光琳、乾山らに受け継がれ、輩出した琳派の名匠たちは、絵画から工芸まで、優れたデザイン感覚を発揮し、豊かで優雅な世界を作り上げました。
琳派の大きな特色は、実用と鑑賞を一つにした美しさであり、今現在も私たちの着ている着物を始め、あらゆるデザイン・意匠・生活を彩る芸術作品を始め色々な分野に、大きな影響を与え続け、日本人の美意識の基盤のひとつと言えます。

投稿者 blogkyoto : 06:35 AM | コメント | トラックバック

鷹が峰

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市街から北へ、洛北の閑静地 由緒ある古寺が並んでいます。
光悦寺 源光庵  常照皇寺・・・どのお寺も風情豊か、ひそやかにわたしたちを迎えてくれます。

投稿者 blogkyoto : 06:29 AM | コメント | トラックバック

October 21, 2005

法金剛院 塀越しの紅葉

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新丸太町通「法金剛院」の塀越しに見事な赤!
思わず引き寄せられ又寄り道。

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夕暮れの鎮まった境内は、人の気配も消え 秋が深い

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睡蓮はひっそりと庭の片隅に、
夏に見事な蓮を咲かす準備中

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杉苔 散紅葉

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嵯峨菊が可憐

投稿者 blogkyoto : 09:10 AM | コメント | トラックバック

法金剛院 塀越しの紅葉

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新丸太町通「法金剛院」の塀越しに見事な赤!
思わず引き寄せられ又寄り道。

IMG_20041125_00431.jpg
夕暮れの鎮まった境内は、人の気配も消え 秋が深い

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睡蓮はひっそりと庭の片隅に、
夏に見事な蓮を咲かす準備中

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杉苔 散紅葉

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嵯峨菊が可憐

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広沢の池 冬の足音

sagi3.jpg
秋色の深い池は、12月5日「鯉上げ」が行われると

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予告の看板。水を抜き、鯉をさらう、冬の風物詩

投稿者 blogkyoto : 09:06 AM | コメント | トラックバック

愛宕神社 鮎茶屋

IMG_20041125_0023-1.JPG.jpg
愛宕神社参道の途中に嵐山高雄ゲートがあります。
嵯峨野の最も奥にあたり、

IMG_20041125_0010.JPG.jpg
愛宕神社・一の鳥居が有ることから、鳥居本と呼ばれます
この愛宕神社は、火伏せ(火難除け)の愛宕さんとして
京都を中心に大変な信仰を集め、その門前町としても賑やかでした。
清涼時お松明や花背・広河原の松上げも元々、愛宕さんへの
献火の火の祭礼が始まりとか。

img063-1.jpg
真っ赤に燃える紅葉の下に昔のままの鄙びた風情の茅葺きの
鮎茶屋や茶店が並びます。

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粒を残した黒砂糖入りのきな粉をまぶした名物「しんこ餅」とお抹茶を頂くと、
ほっこり

投稿者 blogkyoto : 08:51 AM | コメント | トラックバック

紅葉 嵐山高雄ドライブ

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嵯峨野へ紅葉を見にと思いましたがあまりの人に急遽右折し
嵐山高雄パークウェイを一走り。

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赤黄色のグラディエーションの山を背景に保津川、川下りの船が下方に見え 良い眺め。(保津川展望台から)

投稿者 blogkyoto : 08:46 AM | コメント | トラックバック

October 05, 2005

初秋の大山崎山荘美術館 野点

sansouzenkei.JPG.jpg
大山崎山荘は、ニッカウヰスキー創始者・加賀正太郎氏の邸宅として建てられたものです。
遊学で磨かれた美学を存分につぎ込んで、堂々たる英国風山荘が大正4年に完成しました。
加賀正太郎は、裕福な家に生まれ、小さいころから蝶の採集を趣味とし、
この趣味から植物(特に高山植物)最終的には蘭科植物へと興味を広げました。
採集でよく登った信州の経験から、ヨーロッパの山々に憧れるようになり明治43年に
ヨーロッパに遊学した時、ユングフラウヨッホ・日本人第1号登山者となリました。また、
英国ウインザー城からのテムズ川の景観にも強い印象を得てました。

蘭屋敷とか、蘭のメッカといわれた山荘の温室
hasuike.JPG.jpg
大正元年、テームズの景色に似たこの地を見つけ又蘭栽培に適した気候でもあると考え
ウインザーの記憶を元に、この地に自邸を建てることにしました。

yamagoya.jpg
昭和29年正太郎は、がんで66歳の生涯を閉じました。
山荘は、その後加賀家の手を離れ、幾多の人手を渡るという経過をたどっています。
一時期は、高級会員制クラブなどにもなり、京都の数寄者の優雅な施設として
使われたりしていたのです。

tika-bijyutukan-1.jpg
最後には、マンション計画が立ち上がりましたが、山荘が、あまりに立派な良いものであったので、
京都府とアサヒビールの樋口氏などの努力で安藤忠雄の設計した地中の宝石箱・美術館と、
庭園一帯を府の公園に整備して、現在の「大山崎山荘美術館」に生まれ変わりました。

くぐれば、抜けるとどんな世界が・・・・。
toneru1.jpg

山荘が建築中の大正4年、晩年の夏目漱石が、早春の一日この山荘に遊んだという話
が残っています。文人と交流の広かった、磯田多佳の縁によって実現したと言うことです。

lavatory.jpg
ふもとまでタクシーで、そこから漱石夫妻は駕籠に乗り、お隣にある「宝寺」の五重塔を
見ながら登ったそう。今、私たちが訪ねると、駕籠ならぬ美術館の送迎バスが阪急・JRの
両駅まで迎えに来てくれます。

tika11.jpg
「地中の宝石箱」と呼ばれている展示室への階段。安藤忠雄の設計。
モネの睡蓮はもちろん、ジャコメッティの彫像に、静謐な時間を・・・・
これだけでもこの美術館に来た甲斐がありました。

山荘の庭園 東屋で、たっぷりと時間をかけて野点を楽しみました。
nodate511.jpgnodote1.jpg

投稿者 blogkyoto : 05:45 PM | コメント | トラックバック

November 14, 2004

紅葉

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京都の紅葉も、見ごろになって来ました。

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見上げると赤一色の宇宙そら

touhukuji2.jpg
通天橋は上から眺めても下から見上げても
身がすっぽり朱で包まれた心地
人が多いのが玉に瑕

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たそがれ時、閉まる前ぎりぎりにいくと、 
夕方の柔らかい光に いっそう映えて見事でした。

投稿者 blogkyoto : 08:39 AM | コメント | トラックバック

October 22, 2004

鞍馬の火祭り 由岐神社

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10月22日鞍馬・由岐神社の例祭・「火祭り」が行われました。
『サイレイヤ、サイリョウ』と囃す声が満ち充ちる

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由岐神社は鞍馬山の入り口に有る産土神、鞍馬寺の護法神を祀っています。

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平安時代、御所内裏に有った由岐大明神を北方の守りとして鞍馬に遷宮したものです。
鉾を先頭に十町に及ぶ遷宮の行列を、里の人々が松明を持ち、
道々にかがり火を焚いて迎えた事が火祭りの始まりと社伝にあります。

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鞍馬の里は、昔ながらの街道風景が残り、門前町の雰囲気も濃い

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神楽松明 最大・最も美しい形をしています。
鞍馬の里が4つに分かれていた名残で4本作ります

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大松明を担ぐ男性の正装は大層いなせ!
遠くから見ると肩に刺青かと思うような綺麗な模様の「船頭篭手」が腕と肩を包み
・向う鉢巻・黒の締め込み・下がり(相撲のと違って白色)・その上には白の分厚い肩当てを
斜めがけに、肩を覆っています。

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子供も大人も全員・黒繻すの襟をかけた「友禅の着物」を羽織っています。
(ガウンのように)男性も朱や青の派手な友禅着物です

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夕方6時、白装束の若者の「神事触れ」が始まりの合図
『サイレヤ・サイリョウ サイレヤ・サイリョウ』と男も女も青年も子供も繰り出す・・と言うイナセ・粋な
惚れ惚れするものです。威勢良く、力強い松明が行く様はお祭りをこの上なく盛り上げます。

「なんとも面白いお祭りですねぇ」といいますと、
『見たはる人がそれだけ面白いのやったら、やってるほうはもっと面白いでっせ』  と言うお話でした。

鞍馬の火祭りの特徴は、女性が排除されていない事!これは特筆。
女性の一団が綱方と名づけられ、お神輿を引き回します。松明を担ぐのも女性が多く見られます。
よくある公式行事に女はだめというところが有りません。一緒に見物していた年配の地元のは
『私が物心ついた時は、もうこういう形でした』といっておられたので、昔から男女共に裏も表もなく
役を担っていたと思われます。

お旅所に舞台は移り、4本の神楽松明が燃やされお神輿が安置されようやく一段落 
夜もすっかり更け2時ごろに・・・鞍馬から帰るには叡山電車のみ、15分おきに次々と大増発の電車で
出町まで帰ったのが12時をかなり過ぎた頃でした。

気がつくと、羽織の肩に灰が一杯降りかかっていました、おお。

鞍馬の里に、お祭りに有り勝ちな夜店などは一切出ていなかった。 
本当に里の人だけで 一から十まで手造りしておられ、地元の神さん祭りと言う事を
最大限に大事に継承されているのがひしひし伝わりました。

又ご招待してくださったおうちも一切お礼を受け取られず、まったく昔ながらの「お祭りのおよばれ」状態。
『鞍馬の人は、みんな このお祭りで1年の稼ぎを散在しつくして 貧乏やで』といっておられました。
神事を大切にする気概と、目一杯お祭りを楽しむ粋さが気持ちの良い日本のお祭りの一番良い形を
いまだに大切に守っていはる。

投稿者 blogkyoto : 11:39 AM | コメント | トラックバック