アフリカのプリント生地と京都の関係

1960年代にも京都のプリント業界は世界の国とつながっていました。

アフリカを始めたくさんの国にプリント生地を輸出。
実際にどんな生地を輸出していたかがわかる展覧会が先日工芸繊維大学で有りました。

広幅生地を機会捺染で染めたプリント生地を作っていた大同マルタの機械捺染の布。他にもデザインの参考資料に集められた世界中の民族衣装、染物 なども見られました。

京都からアフリカの国々を中心に世界の隅々にプリント生地を大量に輸出をしていたとは!

染物と言えば多くの水が必要、あのカラフルな衣装を染めるのもやはり水が大量に要るはず。以前アラファト議長の頭のクーフィーヤも京都で染められていたと聞いたこともあります。どうやって染めているのか前から不思議に思っていたこともあって今回の展覧会で疑問解消。

アフリカ独特の色柄の民族衣装と京都の染物会社という組み合わせは刺激的でした。

京都から世界へ輸出

京都からアフリカへ

きものさんぽみちはもともと小幅の絹地を手描きや型染めの友禅が本業、染屋でした。1960年代ハワイからチルトンさんという人が友禅でアロハシャツを染めてほしいと注文に来日。トラが大きな口をあけて吼えているところなどを求められ色々図案を描いたりしたそうです。友禅は繊細緻密な柄が得意、アロハのワイルドなイメージになかなか切り替えられず苦労した話を聞いています。

世界からのアクセスが小幅の友禅屋にもあったんですね。その折の見本染めの端切れ等も残っています。見るほどに苦労がしのばれて面白いです

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Posted on: 15th 9月 2013 by: blogkyoto