赤穂浪士 慰霊法要

Date
2006-11-29 (水)
Category
お祭り 習俗 | 京の四季 | | 着物 | 着物で遊ぶ

12月14日は、赤穂浪士討ち入り
京都は大石が隠棲した山科、目くらましに遊んだといわれる「一力」等
多くのゆかりの場所があります。
事件の後、切腹した小野寺十内にゆかり深い西方寺(東山二条)でも
毎年慰霊法要が行われています。
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小野寺十内の縁につながる人が遠方からも列席されます。
私達も参列しました。
京はことさら冷える時期、着物を紬にして羽織を重ねて出かけました。
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本堂内陣の周りを歩き巡りながらの声明による珍しい形式。
派手さを押え、奥ゆかしい法要です!

法要後、討ち入りの日の雪にちなんだ「つぶ餡に白化粧のきんとん」と
お抹茶の接待に口とお腹がほころびます・・・

お抹茶を戴いている時後ろのおば様がさりげなく羽織の衿を
折り返して直してくださいました。
京の町に着物で出かけると人ごみに揉まれて帯がいがんだり
どこか不都合なまま知らないでいても
必ずお助け手が登場してそろっと直してもらえます・・・
着物の町ならではの自然さ、ありがたいです。

さて、最後は琵琶の弾き語りの奉納。
赤穂浪士討ち入りの一節が朗々と澄み渡る声で詠じら、
この出来事のいろいろが偲ばれるひと時・・・
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最後に、ご住職さんのおだやかなお人柄の良く出ているご挨拶も
心に沁みる慰霊の会でした。
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住職さんの後ろに見えるのは、
このお寺にゆかりの深い秀吉の木像。
実際の秀吉の体格実物大といわれる像は
顔つき体つきそのままと言われる「秀吉」の等身大の像が特別に公開されます。
ある時火事が起こり、その時のご住職が背負って逃げられた逸話があるそうです
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小野寺十内の妻は、西方寺にお墓を建立し、菩提を弔った翌年、
養女の眠る本國寺・了覚院に籠り、
『夫(つま)や子の待つらんものをいそがまし 何か此よに おもひおくべき』 
 という辞世の句を残し、数日食を断ち 自死するという最後を遂げています。

四十七士の周りには、埋もれ、知られていない
数多くの痛ましい出来事があったと推察できます・・・

京都は主君・浅野家に所縁深く
赤穂浪士の慰霊は、このお寺以外にも
祇園「一力」の主座敷の後ろの小部屋に四十七士の位牌が、
篤く秘めやかに祀られている他
山科大石神社やあちこちでも慰霊の行事が行われます。

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