赤穂浪士 慰霊法要
12月14日は、赤穂浪士討ち入り
京都は大石が隠棲した山科、目くらましに遊んだといわれる「一力」等
多くのゆかりの場所があります。
事件の後、切腹した小野寺十内にゆかり深い西方寺(東山二条)でも
毎年慰霊法要が行われています。
小野寺十内の縁につながる人が遠方からも列席されます。
私達も参列しました。
京はことさら冷える時期、着物を紬にして羽織を重ねて出かけました。

本堂内陣の周りを歩き巡りながらの声明による珍しい形式。
派手さを押え、奥ゆかしい法要です!
法要後、討ち入りの日の雪にちなんだ「つぶ餡に白化粧のきんとん」と
お抹茶の接待に口とお腹がほころびます・・・
お抹茶を戴いている時後ろのおば様がさりげなく羽織の衿を
折り返して直してくださいました。
京の町に着物で出かけると人ごみに揉まれて帯がいがんだり
どこか不都合なまま知らないでいても
必ずお助け手が登場してそろっと直してもらえます・・・
着物の町ならではの自然さ、ありがたいです。
さて、最後は琵琶の弾き語りの奉納。
赤穂浪士討ち入りの一節が朗々と澄み渡る声で詠じら、
この出来事のいろいろが偲ばれるひと時・・・

最後に、ご住職さんのおだやかなお人柄の良く出ているご挨拶も
心に沁みる慰霊の会でした。
住職さんの後ろに見えるのは、
このお寺にゆかりの深い秀吉の木像。
実際の秀吉の体格実物大といわれる像は
顔つき体つきそのままと言われる「秀吉」の等身大の像が特別に公開されます。
ある時火事が起こり、その時のご住職が背負って逃げられた逸話があるそうです
小野寺十内の妻は、西方寺にお墓を建立し、菩提を弔った翌年、
養女の眠る本國寺・了覚院に籠り、
『夫(つま)や子の待つらんものをいそがまし 何か此よに おもひおくべき』
という辞世の句を残し、数日食を断ち 自死するという最後を遂げています。
四十七士の周りには、埋もれ、知られていない
数多くの痛ましい出来事があったと推察できます・・・
京都は主君・浅野家に所縁深く
赤穂浪士の慰霊は、このお寺以外にも
祇園「一力」の主座敷の後ろの小部屋に四十七士の位牌が、
篤く秘めやかに祀られている他
山科大石神社やあちこちでも慰霊の行事が行われます。
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