2006年11月
Entries Title
赤穂浪士 慰霊法要
12月14日は、赤穂浪士討ち入り
京都は大石が隠棲した山科、目くらましに遊んだといわれる「一力」等
多くのゆかりの場所があります。
事件の後、切腹した小野寺十内にゆかり深い西方寺(東山二条)でも
毎年慰霊法要が行われています。
小野寺十内の縁につながる人が遠方からも列席されます。
私達も参列しました。
京はことさら冷える時期、着物を紬にして羽織を重ねて出かけました。

本堂内陣の周りを歩き巡りながらの声明による珍しい形式。
派手さを押え、奥ゆかしい法要です!
法要後、討ち入りの日の雪にちなんだ「つぶ餡に白化粧のきんとん」と
お抹茶の接待に口とお腹がほころびます・・・
お抹茶を戴いている時後ろのおば様がさりげなく羽織の衿を
折り返して直してくださいました。
京の町に着物で出かけると人ごみに揉まれて帯がいがんだり
どこか不都合なまま知らないでいても
必ずお助け手が登場してそろっと直してもらえます・・・
着物の町ならではの自然さ、ありがたいです。
さて、最後は琵琶の弾き語りの奉納。
赤穂浪士討ち入りの一節が朗々と澄み渡る声で詠じら、
この出来事のいろいろが偲ばれるひと時・・・

最後に、ご住職さんのおだやかなお人柄の良く出ているご挨拶も
心に沁みる慰霊の会でした。
住職さんの後ろに見えるのは、
このお寺にゆかりの深い秀吉の木像。
実際の秀吉の体格実物大といわれる像は
顔つき体つきそのままと言われる「秀吉」の等身大の像が特別に公開されます。
ある時火事が起こり、その時のご住職が背負って逃げられた逸話があるそうです
小野寺十内の妻は、西方寺にお墓を建立し、菩提を弔った翌年、
養女の眠る本國寺・了覚院に籠り、
『夫(つま)や子の待つらんものをいそがまし 何か此よに おもひおくべき』
という辞世の句を残し、数日食を断ち 自死するという最後を遂げています。
四十七士の周りには、埋もれ、知られていない
数多くの痛ましい出来事があったと推察できます・・・
京都は主君・浅野家に所縁深く
赤穂浪士の慰霊は、このお寺以外にも
祇園「一力」の主座敷の後ろの小部屋に四十七士の位牌が、
篤く秘めやかに祀られている他
山科大石神社やあちこちでも慰霊の行事が行われます。
洛趣会 京の偉大なるマンネリズム
洛趣会とは、京都の老舗中の老舗30軒が、毎年11月3日4日
主に大きいお寺を会場として自慢の品を展示する園遊会。
宮脇買扇庵 とらや ゑり善 尾張屋 美濃幸 一保堂 永楽 辻留 寺内 いづう 松栄堂
伊と忠 竹・西河 千総 初瀬川 たち吉など有名な所ばかり
『売り申さず お賞めくだされ』のサブタイトル通り
各店のブースには選りすぐりの品々が並び目を奪います。
案内のはがきに毎年大きな天狗さんが。
きっと天狗してますと洒落のめしているものかと・・・
第1回が昭和3年 今年が74回目
会場も、東福寺 黒谷さん 相国寺 妙心寺 東本願寺 永観堂 萬福寺・・
京都の大きなお寺を網羅しています。
贅と都の粋を尽くした品々を見せてもらいお寺の佇まいも味わえる大人気の催し。
あちこちで、お店の人とのご挨拶が繰り返され 秋の京都の社交会場の様相。
このような会が1928年から80年近く続くとは
(運営も50年ほど見せてもらっていますがほぼ同じ)
なんとも贅沢でおっとりした会でしょうか
こんな会場には着物が一番! 皆で出かけました。
艶やかな着物美人が一杯来場して私達も立派に花を添えてきました!(#^.^#)
今年は祇園歌舞練場。いつも「都をどり」の会場になる艶やかな場所。
一通り見物の後は、お抹茶とらやのおまん・おはりやさんの一口そばでほっこり
会場の入り口には、京都独特の「配膳さん」というおじさん方が下足番をしています。
ここでは履き物係ですが、あらゆる会や宴席に出張し、
お客様の案内、お茶接待、お膳運び などなど運営に欠かせない
スタッフとして昔から活躍しています(「京の配膳さん」という著作も有るぐらい)
洛趣会のような会には欠かせませんよ
祇園真っ只中の会場の帰り道
来年第2回目のお茶屋さんで遊ぶ会を計画していますが
そのお茶屋さん「よしうた」さんの前を通り
一力の前を通って帰途に着きました。
あーおいしかったし、目のお正月したし
満足満足・・・
櫛祭り
毎年「く・し」=9月第4月曜日は古来女性の髪を飾ってきた櫛を供養するお祭りがおこなわれます。
東山・安井金毘羅宮では各時代風俗の髪型に結い、
その時代を忠実に再現した衣装で装った女性が参列して
古櫛や折れ櫛の供養神事がおこなわれた後、風俗行列が祇園界隈を廻ります。
櫛供養塚
百鬼夜行絵図に見られるように
古びた道具を捨てる時、丁寧に供養して塚などに納めお化けにならんように
鎮まっていただくという日本の祀りの形は奥床しい。
時代風俗研究の観方コレクションで有名な吉川観方と、南ちゑさん(故人)を中心に
昔のきものの正しい着付け、結髪の研究グループの櫛供養が発端。
神代から大正時代まで忠実に再現された衣装が目の前に見られます。
教科書で読み過ごす歴史上の登場人物と言うのではなく
血が通い、笑い泣いた人々として親近感を持ってしまいました。
それにしても、つやつやの黒髪が技巧を凝らして結い上げらて、
「ほんまに美しいー」とため息が出ます。
供養される櫛々・・・
様々な髪型はその時代のその女性の社会的な位置付けまで表しています。
娘さんの髪が、高島田のお嫁さんになり
新妻さんの髪になり、熟練のおかみさまになり・・・
また舞妓さんの割れしのぶが衿替した芸妓さんの髪形になってというのが
実際に見られる良い機会。
“きものさんぽみち”のメンバーともども見物に出かけました
揚げ巻き 耳かくし いずれも大正時代 今見てもモダン!
桂女:白い布で頭を包んでいます。 桂川であゆを獲り頭に載せて今日の町を商って歩いた
奈良時代 衣装は文様を加飾する原点、絞り染めが見られます
額と目元口元に朱の菱形のお化粧がかわいらしい
右の写真:レニングラードカウボーイご存知ですか?
位置は違いますが、このとんがり具合ええ勝負してます!
これまた、カブトガニ! スターウォーズのアミダラ女王や他の人のヘヤースタイルの
ヒントになったのではと思えるほどユニーク
日本のアクセサリーは髪を飾る物と帯飾り(帯留など)が多数派
美の極致のような櫛・かんざし・笄(こうがい)の見事さは言いようがないほど。
ここ、金毘羅さんは悪縁切りの霊験ありと有名。
境内には、縁切り祈願のおみくじを貼り付けた、このような石のトンネルが有ります。
ここをくぐると願がかなうらしい・・・
貼り付けられたものを見ると、
『私〇〇子と◆◆男の縁が切れますように』等と生々しい言葉が書き連ねてありました。
私達の衣装も、祖母のお下がり・母のお下がりです。
祖母の若い時、大正昭和初期の絽の染帯は「まっピンク」ともいえる
鮮やかなローズピンク、渋めのつむぎにこの鮮やかな色で
ぐんと若い衣装になって効果満点。
9月末とは思えないお天気と風俗衣装の艶やかさに興奮気味の半日
“祇園小石”のかき氷で口・喉も満足満足